エリザベス女王杯を見終え、喉奥につかえた違和感を自分の中で上手く消化できず、
それをどうにか流し込もうとする為に、久しぶりにバー「湖畔」へ赴いた。
店内から険悪そうな声が聞こえてきたので、
扉を半開きにした所で帰ろうかと思ったが、マスターと目が合ってしまったので、
なんだかおさまりがつかなくなってしまい、
「やぁしばらく」
などとわざとらしい文句を口にしながら、カウンター席についた。
マスターは、まだ私が注文していないにも関わらず、
いつもの通りにギネスを出してきた。
ぐびりとやると、そこでまた後ろから険悪そうな声が聞こえてきた。
「いいか、あんたの選んだ馬は12着だ。もう確定ランプも点いている。
分かったらとっとと金払え、この野郎。」
色黒で、いかにも「この野郎」といった感じのおっさんが、テーブルを拳で叩いた。
「いや、僕の選んだ馬はレースでは負けましたが、勝負には勝ちました。
あなたアトサキの意味、分かってます?
どっちがサキにゴールするかを勝負するのが、アトサキってもんでしょ。
百歩譲って今回は半値で勘弁してあげます。
あなたの選んだフサイチパンドラ、ありゃあ完敗してるじゃないですか。」
少々無理な論理を力ずくで通し、
自分は決して金を払わないという意思がハッキリと見て取れる、
色白のおっさんが爪の垢をいじりながら、そう断言した。
なるほど、この酔っ払い達は今日のエリザベス女王杯でアトサキをやっていたのか。
確かに判断に迷うところだが、普通に考えれば色黒の勝ちであろう。
だが色白の口は上手く、なかなか決着はつきそうにない。
本格的な喧嘩になる前に、とっとと退散しようかと思案していると、
もう一人、若い男が店内に入ってきて、嬉しそうにこう言った。
「いやぁさすがは本田、さすがはカワカミプリンセス!
これで無傷の6連勝!こりゃあ年度代表馬まであるかもしれませんね。
レースを見終えた所で、嬉しくて、ついつい家を飛び出しちゃいましたよ。
やぁオヤッさん、黒い顔、ますます黒くさせて、一体どうしたの?」
「・・・おい、おめぇ知らねぇのか?」
若い男は何も聞こえていないようで、マスターにビールを注文した。
「・・・そうだな。今日はカワカミの完勝だったな。
ありゃあ強い。間違いなく強い。カワカミが勝って良かったな。」
そう言い残すと色黒は、色白の目の前に札束を突き出し、無言で店を出て行った。
若い男は不思議そうにその後ろ姿を目で追っていたが、
しばらくすると色白と共にどこかへ消えてしまった。
「なんだぁ?あの色黒オヤジ。馬鹿じゃねぇのか。」
私がそう言うと、マスターは、いつもの倍近い値段が書かれたレシートを差し出した。
・・・ったく、どいつもこいつも。
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