久しぶりにバー「湖畔」の扉を開けると、
この店でときたま見かける馬券オヤジが、
既に出来上がっている様子が容易にうかがえた。
ひとりで静かに飲みたいような、誰かと話をしたいような、
どちらともつかない気持ちのまま店に入った私に、
オヤジはごく自然に説教を始めた。
「いいか若ぇの。俺はな、お前みたいな若造が、
クールにスマートに競馬やってんのが一番気に入らねぇんだ。」
苦りきってカウンターに視線をやると、
マスターは「しばらく相手してやってくれ」と目で語った。
「ったく、こないだのキングジョージ、見たかってんだ。
ホントにあと少し。あと少しだったんだ。
今までなっかなかGTに勝てなかったハーツクライが、
有馬に勝って、ドバイで勝って、ついに世界の頂点を目指したってのに。
・・ったく、おい若ぇの、おめぇ日本の現役最強馬、
どれだと思ってんだよ?ああん?
・・・なんだ、分かってるじゃねぇか。
そうよ、ハーツよ、ハーツクライよ。
世間はデープなんたらって馬に夢中みたいだが、俺は違うッ。
俺はな、キーストンやダイコーターが走ってた時代から、
ずぅっと競馬を見てきたんだ。
そんな俺が、ハーツこそが最強だと睨んだんだ。
ハーツこそ、最強。日本最強よ。
・・・なにぃ?もういっぺん言ってみろぃ。
・・・おめぇさん、何を言ってやがる。
ハーツが来年もキングジョージに出るだとぉ?
馬鹿ヤロウ、JCレコードで走って、有馬とドバイで勝って、
キングジョージも激走したような馬が、
どうやって来年までピークを保つんだよッ。・・ったくふざけやがって。
・・・そうか、来年も出るのか。
ハーツが来年も・・・そうか、そうか、そうかぁ・・・・。」
オヤジは酔いつぶれて、そのまま眠ってしまった。
店内は急に静まり返ったような気がしたが、その代わりに
何かあたたかい空気が、胸のうちに流れてくるような気がした。
マスター、もう一杯。
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