「短距離の走り方ではなかった」
アイビスサマーダッシュでステキシンスケクンの手綱を取り、
12着と敗れてしまった後藤騎手がレース後に述べたコメントである。
私は新聞でこの文章を読み、ちょっと待ってくれと言いたくなった。
ステキシンスケクン。
アーリントンCでは、後のG1馬ロジックを含む他馬を抑えての重賞制覇。
皐月賞でも3角まではハナを切り、そのスピードをいかんなく発揮。
世代を代表するスピード馬である事は疑いようも無いと思っていた。
そんな馬の走りが、「短距離の走り方ではなかった」のである。
「皐月賞が余計だったのさ」と言ったのは友人K。
「アーリントンCまでは、馬が活き活きしていたよ」
Kは学生の頃、野球部に入っていた。ポジションは投手。
恵まれた体格では無かったが、そこから繰り出される速球はとにかく速かった。
実力は確かだったが、部には他にエースがいた為、
Kは試合後半の切り札的存在だった。
リードしている試合で後半ピンチを迎えると、そのマウンドにはKが立ち、
相手バッターを得意の速球でバタバタと仕留めるのだった。
そんなKに、ある日監督が声をかけた。
「先発をやってみないか?」
Kは内心複雑だったという。
自分には長いイニングを投げるだけのスタミナは無い。
それ以前に、1球に全力を込める投球スタイルこそが、
自分には合っていると信じていたのだった。
それでもKは全力を尽くした。
スタミナを温存した投球というものを、手探りで見つけようとした。
慣れない先発の舞台に立って、全力で、力を抜いて、投げた。
Kは試合中盤で相手打線に捕まり、試合は敗れた。
それからのKは、再びリリーフの立場に戻ったそうだが、
かつての速球はもう投げられなかったそうだ。
「難しいもんだね。
いつでも前のスタイルに戻せるつもりだったけど、
どういう訳か、全力で腕を振れなくなっていたんだ。」
うつむき加減でつぶやくKだったが、今は良い思い出だという。
「まぁあれも良い経験だったよ。
視野が広がったと言えば言い過ぎかもしれないけれど、
とにかくあの日のマウンドも、今の自分には欠かせない記憶かもなぁ。
シンスケクンも、いつの日か、皐月賞での走りを糧として欲しいもんだよ。」
Kは今年で24歳になった。会社員として、忙しく退屈な日々を送っている。
野球はもう、やっていない。
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